私が身体の稽古をするようになって、一番こだわっったのは足袋だったように思う。
自分の足は人差し指が長いと思い込んでいて、誂え足袋を作ることにした。
もう、二十年以上も前のことだ。
インターネットであれこれ調べて、ここだと思ったのは京都の上田貞之助商店さん。電話をかけて、新幹線に飛び乗り、地図を見ながら上田さんのお宅にお邪魔した。
「わざわざ東京から」ということで二時間ほど足のサイズを測るとともに足袋にまつわる興味深いお話を色々していただき、今でもとても印象深く、勉強になった時間だったとありがたく記憶している。
記憶違いもあるかもしれないが、いくつかご紹介すると、師匠であるお父さんから、最初に言われたのが花街の芸妓さんの足袋の履き方を見学して来なさいと言われたこと。当時は足袋の注文をとるときに「どれくらいの時間で履ける足袋にしますか?」と聞いたらしい。
当時の地歌舞など芸者を見る旦那の目が肥えていて、舞手の足元の足袋にシワを作ることはままならなかったという。
昔は足袋を内踝側で留めるコハゼは三枚とか少なかったが、今は着物を着る方が足捌きができないので、着物の丈を長くせざるおえず、足首の肌が見えないようにコハゼも四枚、五枚と多くなっていったという。
足を測る尺度も足用の身体尺で「文(もん)」といい、もうほとんど残っていない足袋屋が使う物差しも見せていただいた。
僕の世代以上はジャイアン馬塲さんの十六文キック(片足)や三十二文キック(両足のドロップキック)を思い出すだろう。
型紙を作っていただいたが、紅白歌合戦に出るような演歌歌手も含めて千枚以上がお店の最も大切な資産として保管してあるという。
手形というのがあるが、足型がそれだけ揃えば、分類し研究することによって人間の身体の秘密の一角がわかるのではないかと今でも思う。
お店を紹介した雑誌などを拝見しながら足袋の履き方なども教わり、京都まで足を伸ばした甲斐がある価値ある旅となった。
(注;植田貞之助商店はご主人が引退されて今はやってません)
おまけとして、足袋にまつわる話や稽古は色々とできるが、一つだけここで書いてみようかと思う。それは、なぜ小さな足袋が日本の伝統文化では愛されているのかということだ。
足袋は左右の締めが大切である。足の裏がホットドックのソーセージを挟むような感じで閉める。んで、どうなるのということだが、きちっと肌の中まで締め、少々撓身を作りこれまた少々ひねる。うまくいくと腰がソル。ああ、なるほどこんな感じが、江戸以前は好きだったんだなとわかる。
ぜひ、この文をお読みになっているみなさんも少し小さめの足袋で体験してみてほしいです。
(綿の足袋は水を通すと縮むので、濡れてるうちに前後に引っ張るのも忘れずに)
靴下とは違った足袋の魅力をぜひ一度は味わってみて下さい。
本駒込稽古場では足袋の選び方や扱い方、履き方、それによる身体感覚の作り方、日常動作の変化(腰抜けからの離脱)などを稽古しています。足袋は日本文化を生んだ要の一つです。最も身近に体験できるものです。昨今は頭でっかちの理論派日本文化なるものが闊歩している時代です。ぜひ、せっかくの日本での生活、頭からではなく、実際に足の裏からご体験下さいませ。
文化は知識ではなく、身体を通してこそ得られる生活の知恵であると思っております。
2026/6/29 Sosuke.Imaeda