随分と前のこと、いつも標準語で喋っていた後輩が地元の友達と電話で唐突に(おそらく)河内弁で話だした。
周りの空気感は一挙に変わった。
もう30年以上前の話だが、今でもその時のことを思い出す。
「言葉の力ってすごいな」素直にそう思った。
今まで見たことのない口元で弾丸のように話すその人は一瞬で変身していた。
僕はよそゆきのその人しか知らなかった。
その人の何かが僕の器のどこかに満たされていった。
生きている感じがした。
生きていく上で、心が疲れている人に何人も出会ってきた。
皆、共通語の世界で生きていた。
共通語は全国的に情報を伝えるには便利だけれど、情念を乗せることは苦手だ。
市井の生活は楽ではない。行き場のない情念がいつも渦巻いている。
情念が乗らない言葉は機械的で、どんなに拗れた関係を修復しようとしても、それを鎮めることはできない。
結局、理屈で納得した人の頭脳は、心の一面である情念とは切り離されているのだ。
元気が出ない人は、生まれ育った言葉のある街に少しだけ帰ってみるといい。
いくところもなく、小学校の校庭を覗いてみるのもいいし、目に映る景色や故郷の匂いをただ浴びるために無目的で歩く。
僕の育ったところは残念ながら方言がないところだった。
都会すぎておよそ故郷とは呼べない街でも、僕は疲れると足をのばす。
あっという間に変わっていくファッション誌によく出るようなおしゃれなコンクリートの通りだが、なぜかいつも懐かしいエネルギーが身体のどこかで泡立っている。
なぜだろう。
きっと自分の身体がその頃のことを覚えていて、その場所の何かが、その頃に持っていた身体感覚を、呼び覚ましてくれるから。
幻のような「自動わたがし機」、でっかいVANの看板のある大人のためのファッションビル、上がマンションになっている当時新しくできた外国の人が多かったピーコックストア、小さな僕は街を歩くのが好きだった。小さな孤独から離れ、街全体が僕のような気になった。
小さな身体感覚は大きな身体感覚に変身していた。
忘れてしまっても身体が記憶しているものもたくさんある。ちょっとした思い出のきっかけは懐かしい場所が与えてくれる。そしてその思い出は、その頃の僕の身体感覚を静かに甦らせる。
あの頃は(本当はそうではないかもしれないが)楽しかった。
それが事実であるかどうかに関心はない。身体が変身するのが楽しいのだ。
僕は通りを歩く人の目から見れば、オジサンだろうが、僕の中から見れば子供なのだ。
肉眼で人が自分の背中を見ているなと感じ、きっとこう見られているんだろうという自分、心をガードしている疲れてしまった一人芝居のオジサン。
でもあべこべの僕自身がひっそりと前を見ていて、その不動の僕をどう感じているか(自分は動いているようなのだが、実は周りが動いているのだ)、少年のように感じている僕がいれば、その存在に気がつけばそれで万事いいではないか。
人に見られている、現実と思ってる景色は「塞翁が馬(さいおうがうま)」と割り切ろう。
強力に生命力を引き戻してくれる力が、子供時代の景色の中に宿っている。
だったらそれに素直に乗ればいい。
あなたが最悪な子供時代を送ったとしても、たったひとつたった一つだけでも懐かしいと感じた景色を、忘れてしまった身体を取り戻すことができれば、何かが変わるのは間違いない。
よく変わるのか。その通り。
「佳い」と感じれるのは与えられた生命の特権だ。
潮の香り、鷺の鳴き声、八百屋の吊り下げられた釣り銭籠、ガソリンスタンドのステッカー、一面の星空、縁日のりんご飴、、、
メリーゴーランドのように人生は回っていく。
螺旋階段を登って下に視点を構えれば容易に視野は変わる。戻れる。でも君は確実に上から見ている。だって階段を登っているからね。
たまには立ち止まって、登ってきた階段を覗いてみるのもいい。
だってそんなに息切れしているんだから。並走する相棒(つまりあなたの宝物、身体さ)にたまには気づいてあげなくては。
あなたが生きていることを身体を通して感じられるように。
Sosuke.Imaeda 2026/7/5